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寝たきりだった母が亡くなりました

 



今年の夏、レビー小体型認知症を患いここ数年寝たきりのような状態だった母が亡くなりました。

母はしつけに厳しい人でした。

箸の持ち方は特に矯正されました。当時は「そんなに変わらないのに」と渋々直していましたが、今は感謝しています。

多少持ち方が変わっていても、食事することはできます。

しかし、正しい持ち方だと小さなもの、滑りやすいものでも楽々つまめるのです。炒った大豆も運べます(日常生活には何の役にも立たない笑)

年を取ると握力が弱くなるからか、箸からポロポロと溢している人がいます。夫と義父です。

婚家のことに口を出すと良いことは無いし、食事は楽しくしたいので指摘はしませんが、食べにくくないのかな?イライラしないかな?と思っています。


他にも怖かった思い出はたくさんありますが、戦前生まれ、戦争で未亡人になった祖母に育てられた母は辛抱強く頑張りやで尊敬できる人でした。

性格が合わない母子なので「大好きな母」と言い切れないのが辛いところ。


コロナが5類になり面会できない時期は終えたのに、会いに行かなかった親不孝な私です。

寝たきりで話もできない母と会うのは辛かったから。

2020年までは、会いに行っていました。

行かなければならないと思っていたので、顔をみるだけ、30分だけでもと会いに行っていましたが、コロナ禍の3年で、「ま、いいか」と怠け心が出てしまった。

施設の方に任せきりで罪悪感はありましたが、本当に良くしていただき、介護職の方々には頭が上がりません。


認知症でも身体は丈夫な母でしたが、去年コロナ中等症で入院をし、治ったけど食事が摂れなくなりました。

慣れた職員さんからなら食べるかもと施設に戻らせてもらい、食べられるようになり安心していました。

治ったとはいえ高齢者のコロナ罹患はやはり身体に堪えるようで、徐々に状態が悪くなり食事量も減ってきました。

きょうだい間で胃ろうを検討するかの話し合いをしたり、考えることが多かったです。


今年に入り、食事が全く取れなくなり誤嚥性肺炎の疑いがあったため入院し、回復しました。

うちの母、本当に丈夫な人でした。

亡くなったことは残念で悲しい気持ちはもちろんあります。

が、同時に、穏やかな(そう見える)最後をきょうだい揃って見送ることができたことは何というか、安心したというかお疲れ様でしたという気持ちが強かった。

大往生と言えるのではないかと。現世の苦しみから解き放たれたのではないかと。


きょうだい間で意見の違いで話し合いましたし嫌な気持ちにもなりました。

考えることがたくさんありました。

この一年は、普段変わりのない日常を過ごしている私にとって中々のドタバタした一年でした。

考えが纏まらなかったり考えたくなかったりして、ブログに向き合えていませんでした。

吐き出したいことはたくさんあったのに筆が進まず下書きばかり増えていましたので、心のモヤモヤ解消とどなたかの参考になるかも?ということで整理してみようと思います。