母方女性は長生き家系
母方祖母は94歳で亡くなりました。
母は80代半ば。認知症を患っていますが体は健康なので長生きすると思います。
父が73歳で亡くなり、その時すでに認知症が進んでいた母は父が残したお金でサ高住に入居し、そのあと老人施設に転居して今に至ります。
施設の入居費とそのほか必要な物を購入するお金は年金で賄える範囲なので、金銭面での心配はなく、安全に過ごせることは本当にありがたいです。
今、我が家はサラリーマン家庭なので社会保険料はしっかり徴収されています。高いなぁ苦しいなぁと思うことも多かったのですが、母が利用するようになると有難さが分かりました。
とはいえ、今のままで大丈夫なのでしょうか。私の世代は団塊ジュニアです。
同時にロスジェネ世代でもあり、どんどん少子化が進むのに、私たちが高齢者になり介護が必要になったとき、今、母が受けているような介護を受けられるとは思えません。
医療とは
昨年末コロナに感染した
私は昨年末にコロナに感染しました。
幸い、10年以上前に何度か掛かった家から徒歩圏内の内科医院に発熱外来があったので、検査を受けることができました。
そこで、PCR検査を受け、解熱剤を5回分処方され3500円くらい支払って帰宅し、陽性の連絡をもらった時、症状を伝えて症状が軽くなる薬が欲しいと伝えても「順調に治っているから薬は必要ない」と言われ、ただただ寝て治しました。
コロナ、寝てれば治るんだって思ったんです。
もちろん重症化することがあることは知っているし、軽く考えているわけではないけど、健康な成人女性がコロナになっても、栄養をとって安静にしていれば多くの場合、治る。
なら、今までインフルエンザで薬を貰っていたけど、寝て治せば良かったの?と考え始めました。
私が掛かった発熱外来の内科医院は、風邪で行っても薬を処方してくれないことで近所では有名な医院です。
それが原因で足が遠のいていました。
若いとき、内科医院に掛かるって風邪ぐらいだし、私はアレルギー性鼻炎があるので耳鼻科で診てもらうほうが便利だったので。
でも、コロナで寝て治すなら、風邪もインフルエンザも寝て治せるってことよね?感染性の風邪には薬は効かないからって医師に言われて、今まで必要ない診察を受けて薬を処方されてたんだなって、バカみたいだったなって思ったんです。
昔は風邪くらいで休めなかった
コロナ禍での変化は色々ありますが、体調が悪ければ仕事を休むということが常識になったことも意識が変わったことかなと思います。
私が結婚前に働いていたとき、繁忙日に休むなんてとんでもなかったです(笑)
熱や諸症状がでていても、薬で誤魔化しながら働いて休憩時間に近所の医院でにんにく注射を打ってもらっていました。
ただ不思議なのは、そんなことしていたのに会社で感染爆発なんてことは覚えがないんですよね。
喉が昔から弱いので、感染性ではなく喉の炎症だったのかもしれないですね。
父の癌治療
父に癌が見つかったのは父が69歳の時でした。
胸のあたりが痛いと病院に行き、検査で胃がんがみつかりました。くわしく検査をして肝臓に転移があったのでステージ4でした。
そこからの治療は、抗がん剤、手術、再び抗がん剤、放射線治療と、癌がある限り医療に掛かっていました。
抗がん剤治療を受けているとき、吐き気が苦しそうで見ているのもつらかった。
毛髪も抜けて、抗がん剤治療を休むとまた生えてきたのですが、くせ毛だったのに真っ直ぐになったと笑っていたのを覚えています。
手術では胃をかなりの部分切除して、苦しそうに食事をとっていました。あんなに食べることが好きだったのに。
あんなにつらい思いをしたのに、5年もたなかった。
父の癌が見つかったとき、医師から家族への説明がありました。
治療しなかったらどうなるか聞いたところ「半年くらい」と言われ、癌というだけでショックで、病気のことを調べるどころか考えたくない気持ち、調べて嫌なことまで知ってしまいそうで避けたい気持ち。
標準治療を拒否し、高額な代替医療に掛かったけど結局は亡くなられたかたを知っていたので、病院で、医師のいうとおりに標準治療を受けるのが良いのだろうと思っていました。
余命=父の生きることができる期間ではないと、ぼんやり聞いたことがあるくらいでしたが余命を聞くと、治療しなければ半年で父が死んじゃうって思ってしまったし、治療をしたから4年生きることができたと亡くなった後も思っていました。
余命半年と言われ、治療したら4年生きた。
事実です。
ただ、父が亡くなって10年経ち自分自身が年齢を重ねてから思うのは、晩年の父、幸せだったのかな?
認知症の母のことをとても心配していたから、治る可能性があるならと治療していたと思う。少しでも長く生きようとしてた。
治療しながら母の生活のサポートは大変だろうから、外注に出すことを提案するべきだったのではないかなって、不出来な娘は今になって後悔しています。
もし、母のことがなくて父が自分自身のことだけを考えることができる状況だったら、もっと気楽に、あんな苦しい治療しか選択肢がないような晩年を選ばなかったかもしれない。そんなことを考えるようになりました。
自分だったらどうするだろう
そんな考えをするようになったのも、父が亡くなってから時間が経ち、病気の事、人間いつかは死ぬこと、自分だったらどんな最後がいいかなんてつらつら考えるようになりまして、今まで見向きもしなかった実用書なんかを読んでみたりして
やはりわたしは根性なしだからあんな苦しい治療はできないだろうなってことでした。
父は我慢強かったなぁ。
今の医療って、癌が見つかるとほとんどの人は投薬・手術などの治療を受けることになると思います。
だけど、認知症の高齢者は癌の検査もしないから癌治療もしないと思うんです。
母も、今の施設に入所するとき、既往症の投薬はしてくれるし体調が悪ければ対処してくれるけど、積極治療はしないというようなこと(自然にまかせるということだと思います)を説明を受けた記憶。
認知症だけど病気があるかどうかは分からないけど80半ばの母をみて、私は母と同じような体質なのでは?と思うのできっと体は丈夫で長生きだと思うんですよね。
だから、認知症に気を付けるということで、頭を使って、DHAサプリを飲む(笑)
あと、関係ないと思うけど、母が飲んでた薬は飲まないですむようにしたい。験担ぎみたいなものです。
こんな死生観です
コロナ禍、医療関係者には感謝しています。大変だったと思います。
同時に、自身がカロナール5回分と寝て治した経験から、医療ってなんだろうって考えた。
医療とは体調が悪いときに診察してもらい、必要な処置をしてもらうことだなと。
年をとれば血液検査の数値が悪くなることもある。
でも、体調が悪くないならいいじゃない(暴論)という気持ちで生きていこうと思ったんです。
医療費を使いすぎず、ある程度は自然のままでいいじゃない。
普通に暮らして、高齢になったら怪我に気を付け過剰な長生きは求めない。
私はいつか死ぬ。けど、それまでは美味しい物たべて楽しく生きていきたいの。
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